レディースファッション通販サイトといってもメイン層の年代は様々です。
通販サイトにもやはり10代~20代向けとか40代~50代向けなどがあります。
20代の場合には10代向けも30代~40代向けもどれでも着こなせる年代だとも言えますが、20代女性におすすめのファッション通販サイトについて書こうと思います。
下記参考サイトにもいろいろと書かれていますのでぜひ見てください。
20代 レディースファッション 通販

10代~20代にとても人気のあるGRLという通販ショップがあります。
20代の社会人女性の通勤服や仕事着には向かないのですが私服としてとてもおすすめです。
学生なら学校に着て行っても全然おかしくないです。
GRLは何といっても値段が安いのがポイントです。
プチプラ系のブランドの中でも特に安いと思います。
それでいて今流行っている可愛い服ばかりを扱っています。
20代ならGRLで買っておけばそれほど大きな失敗は無いと思います。
ただ、注意して欲しいのが福袋です。
GRLではお正月以外にも福袋の販売を行っているのですが、この福袋、購入した人の感想を調べてみるとかなり当たり外れが大きいです。
「この一着だけでも元が取れた」という人もいれば「いらないものばかりだった・・・」とかですね。
まぁもともと福袋自体が運試しの要素が大きいので仕方がないのですが、福袋は当たりはずれの差が大きいと思っておいてください。

次に「大人可愛い服」が買えるソウルベリーという通販ショップについてです。
ソウルベリーは20代~40代くらいがメイン層の大人向けのレディースファッション通販サイトです。
カジュアル感のあるナチュラルでガーリーな可愛い服が安く買えるお店です。
20代だとガーリーすぎる服に抵抗が出てくるかもしれませんがソウルベリーの服の場合、適度にガーリー感が入っているだけなので甘くなりすぎることがありません。
ソウルベリーも私服や普段着に合うリラックスした服が多いです。
ネット上ではこのショップのファンの人もすでにたくさんいて、とても人気のあるショップです。
「もう大人だけどやっぱり可愛い服が着たい!」という人におすすめです。

GRLやソウルベリーでお買い物してみたい人は上記の参考サイトから公式通販サイトへ行けるので参考サイトで確認してください。

化粧品の場合シミ用のものを探しても「お肌を紫外線から守ります」とか「この商品で早めのシミ予防を始めましょう」とかこれからシミを作らないための商品が少なくありません。

しかしもうできてしまったシミを消したいという人も多いのではないでしょうか。

お肌のシミを消す方法として考えられるのはレーザー治療、病院の皮膚科で薬をもらう、市販のシミ消しクリームなどの化粧品を塗るなどがあります。

この中で一番手軽なのが市販のシミ消しクリームなどの化粧品を塗るという選択です。

しかし最初に書いた通り化粧品の場合「シミ予防」のものが多いです。

そこでできてしまったシミに使える化粧品を紹介しているのが↓のサイトです。
できてしまったシミを消したい

このサイトで紹介されている化粧品はブライトニングフォーミュラ、ラグジュアリーホワイト コンセントレートHQ110、プラスナノHQ、ビーグレン QuSomeホワイトクリーム1.9などのできてしまったシミ用の化粧品です。

できてしまったシミ用の化粧品にはハイドロキノンが配合されているものと配合されていないものがあって、ハイドロキノン配合のものは使用するうえでより一層の注意が必要です。

なぜならハイドロキノンはお肌への影響が強い成分だからです。

なのでお肌の目立たない部分に塗ってパッチテストをしたり、長期間同じ箇所に連続使用しないようにしたりといった注意が必要になります。

それでもレーザー治療などに比べればかなりお手軽に試せるのが魅力ですね。

カラコンがギャルメイクの象徴だったのは昔のこと、今は黒髪にカラコンを合わせている人もたくさんいます。

でも黒髪の場合のカラコンの選び方がわからない・・・という人もいることでしょう。

そんな人に見てもらいたいのが↓のサイトです。
黒髪 カラコン

このサイトは黒髪の人用のカラコンサイトです。

優しい印象になりたかったらブラウンカラコンがおすすめですよとか大人っぽく見られたかったらグレーカラコンがおすすめですよとか黒髪の人のなりたいイメージに合わせてカラコンが紹介されています。

黒髪に黒コンタクトだと宇宙人状態になりやすいとも書かれていますね・・・

確かに黒髪×黒コンって意外と合わせるのが難しいですね。

注目なのは黒髪でもハーフ系カラコンが似合うというところ。

ハーフ系メイクに憧れてるけど茶髪にできないしなーと悩んでいた人でもカラコンがあればグッとハーフっぽくなれますね。

詳しい選び方などは上の参考サイトを見てください。

おすすめのカラコン通販サイトなども紹介されています。

宮本百合子の作品 その2

| 文学 |

 まるで、異った事の様であるが、人をいましめる時に叱るのと、恥かしめるとの差を明かに得とくして居る人が少ないのに驚いた。
 まして、女に……。
         ――○――
 青年期に達する時に男でも女でも非常に頭がデリケートに芸術的になるものである。
 天才と呼ばれる様な人は、その時の美くしい発露を永遠につづけ得るのである。
 即ち、その時の若さが不朽なのである。
         ――○――
 小剣氏の様に又、鈴木氏の様にあまり物事がきっぱりきっぱりがすきと云う人は、私のきらいな人である。
 あまりきっちりきっちりして居るところに驚くべき美がないと同時に、驚歎するだけの生活もないものである。
 宇宙の真、美が、すべて直線で定規で引いた様には出来て居ない。
         ――○――
 自分の専門以外の事について、あまり明らからしい批評的な又、断定的な言葉を放つものではない。
 大抵の時には、悪い結果のみを多く得るものである、それだから、何かの話ついでに、分りもしない人が戯曲の主人公の性格や経路を引き出したりすると、思わぬあて違いをするものだ。
 そう云う癖は一体に少し文学などをかじりかけた中年の男女が、自分より若い者共に何か云いきかせたりひやかしたりする時に出る。
 その人の品格を下げると同時に、
「なあんの事だ
 とその話全体をけ落して見させてしまう。
 気をつけるべき事である。

 いろいろと材料が不足して来ている台所でも、今日の私たちは心持も体もいくらか潤う食事をこしらえてゆくことに骨おしみしてはいまい。
 お米が切符になって、昨今あらゆる人々が訴えていた不安や不便はなくなるであろう。でも、お米は副食品とせよという声もきこえていて、切符で配給される米の量がその考えかたに従って計られてゆく傾きだとすると、在来の米の御飯というものへの日本人の気持は根底から変えられてゆかなければならないことともなるのだろう。
 今私たちはパンも馬鈴薯もさつまいもも買えずにいるから、米を副食としてときくと、では主食品はどんな風に手に入れられるのだろうという、ぼんやりした当惑も感じるのである。
 昔ながらの意味で米に執着する習慣は、この頃の現実で次第に変って来ているのだけれど、現在、米を副食として、という声が私たちの心によびさます反響は、新しい主食となり得るのは何で、それは何処にどんなにして在るのだろうという思いなのである。
『婦人之友』三月号が、国民食をつくり出してゆく基礎として食べもの調査を発表しているのは参考になった。工場に働いている男女、会社員、職業婦人、学生、農家、商家それぞれの献立と、今たべたいものを統計して示している。甘いものと天ぷらが食べたいものの圧倒的多数を占めている事実も、私たちの実感に通じている。
 この食べもの調査は相当こまかに分類もして調べられているのだが、家庭の主婦についての調査項目がなかったのは何故だったのだろう。家庭の主婦の心労や骨折や或は無智が、職工さんのお弁当の量は多くて質の足りない組合わせを結果して来てもいるだろうし、代用食と云えばうどんで子供は食慾もなくしている始末にもなっていよう。何をたべたか、何がたべたいかという結果として出たところで調査した上は、もう一歩進めて、家庭の主婦が今痛切に何をたべさせたがっているか、何を求めているかという実状に即して統計をとって見る必要があるだろうと思えた。主婦そのものが、家族のために食べものをやりくりして自分は慢性の栄養不良に陥っていることは、何も昨今の日本にはじまったことではなかった。経済の困難が一定の限度をこえるとその家の妻、母である女性がいつも先ず第一に自身を飢えさせて来た。今日一般に主婦の面している困難には米の量のやりくりについてもそれにやや似た現象が到るところにある。外で食べる人々についての調査の半面に、家庭にいる主婦の声も統計されて、初めて全面に亙る国民食の課題の参考となるだろう。
 国民食の研究資料として、主婦たちの声をとりあつめるのも、隣組の回覧板と一緒に出来ないことでもなかりそうに思える。防犯隣組は出来ても、そういう活動は気づかれていないところに、考えるべきものがあると思われる。
『婦人之友』の調査で、うどんがたべたいものの最下位にあるのも実際を映している。そんなに、この頃はうどん、うどんなのだが、そのうどんに絡んで人情の機微が動く姿も可笑しく悲しい。

 おせいの坐っている左手に、三尺程の高窓が、広く往来に向いて開いていた。そこから、折々、まるで川風のようにしめりを含んだ涼しい風が、流れて来る。
「まあ、いい風」
 彼女は、首をめぐらして、軒端に近く、房々と葉を垂れている大きな柳を眺めながら、いずまいをなおして、ぱたぱた団扇(うちわ)を動した。
 狭い六畳の座敷には、暑苦しい電燈の光がいっぱいに漲(みなぎ)っている。火のない長火鉢の傍の食卓には、食べちらした鮓(すし)の大皿や小皿が二三の盃とともにのっている。柱よりにくつろいで坐ったおせいの前にも、夫やこの家の主人の前にあると同様な、九谷焼の小盃が置かれていた。八分めにつがれた酒の色は、黒っぽい猪口のなかで、微に灯をてりかえす。――長い間、手もつけられずにあったと見え、とろりと輝いた液体の面には、見えない塵が浮動している。
 酒が始ってからざっと三時間、おせいは、ふえも減りもしない小盃を前に据えたまま、時々鮓(すし)をつまんだり、団扇を使ったりして、ひそかな退屈を紛らしているのである。
 ひとふきの涼風で、彼女は物懶(ものう)い瞼も冴え冴えと、甦るような心持がした。
「いい風ですことね。御近所に川でもありますの?」
 彼女の斜向(はすか)いで、夫の健介や主人の小関に団扇の風を送っている妻のおふゆに訊いた。
「いいえ、川なんかずっと遠方なんですよ。でも、いい風でしょう、仕様のない家だけれども、こればっかりがとり得ですのよ」
「なに? 風ですか」
 小関は、食卓に盃を置きながら、酒ほてりの顔を、彼女等に向けた。
「ええ、いい風が来るって云っておりましたの」
「はははは。風がお気に入るとは面白いね。まあ、せっかく来て下すっても、何のお愛想もないから、せいぜい涼んででもおいでなすって下さい。……どうです健介さん」
 主人は、銚子をとりあげながら、健介の方に向きなおった。
「貴方はいいでしょう。まさか、奥さんが涼むから、おれも涼まなきゃあいやだという訳でもありますまい。さあ、どうです」
 健介は、まだ酒ののこっている盃をかばいながら、当惑そうに笑った。

宮本百合子の作品

| 文学 |

 静かな晩である。
 空気は柔かく湿って、熟しかけた林檎(りんご)からは甘酸い、酸性のかおりが快く、重く眠たい夜気の中に放散し、薄茶色の煙のような玉蜀黍(とうもろこし)の穂が澄みわたった宙に、ひっそりと影を泛べている。到るところに陰翳(いんえい)の錯綜があった。夏と秋の混り合った穏やかなどことなく淋しい景物が、今パット咲いた銀色の大花輪のような月光の下で、微かに震えながら擁(だ)き合っている。どこにも動くものがなかった。どこにもものを云う声が聴えなかった。その沈黙が一層聞えない囁きの優しさと、見えない魂の団欒(だんらん)を想わせるような夜のうちを、彼等は確かりと腕を組合いながら、幸福に家路に向っていたのである。
 姪の結婚披露に招待されて、久振りで華やかなる雰囲気のうちに心から浸った彼等は、いつかあらゆる日常生活の煩しさから開放されていた。可愛くてうるさい子供達も、老母も、地平線の彼方より遠い彼方に姿を消して、亢奮に連れて甦った若さが三年前の恍惚(こうこつ)に彼等を引戻して、希望に満ち、歓喜と純潔な羞恥に赤らんだ二つの笑顔は、彼等に甘美な回想を与える。単調になりがちな愛の経過に、さっと差した輝きのような新鮮さが、彼等のうちに夢をかきたてた。彼等がまだ結婚しなかった時分に、よく老人達の傍を逃げるように抜け出しては、感傷的な夜景の中を彷徨(ほうこう)したその時分のような忘我と魂の鼓動が、まるで月光のように二つの心を耀かせているのである。
 W・タンナーは米国の中部に在る大都会から、三四哩(マイル)隔った小邑の会社員であった。毎朝八時になると、彼は木造の住宅から四五丁離れた、或る電気会社の事務所に出かけて行く。そして昼に一時間休暇を貰って、家へ昼食をしに戻って来るときを除いては、朝から夕方まで、古ぼけたオークの事務机(デスク)の前に背を屈めて、無感興な数字の整理に忙殺されているのである。
 まだ三十になるかならないの彼は、ようよう家族を支えて行くだけの俸給ほか貰っていなかった。従って、二人の子供達と老母とを抱いて、彼等の生活は、どこの隅にも余裕というべきものを見出すことはできない。白襯衣(ホワイトシャーツ)一枚になったWが、西日の差しこむ温室のような事務室で、よき良人らしく、忠実な父親らしく額に汗している間に、妻のマーガレットは、また彼に劣らぬ真剣さで何くれとなく家事のために奔走する。彼等にとって、贅沢(ぜいたく)な流行品の存在が、何ら関心の材料にもならなかった如くに、あらゆる空想というものが、生活から駆逐されていた。結局実現も出来ない空想に心を奪われてボカンとして過す五分が、何を産むだろう? 彼等に望外の野心もなかった。激しい口論を起すべき衝突もまたない。単調な田舎の圏境が、いつか人の心に与える不思議な催眠で、光沢のない水色のような生活が、彼等の結婚後三年の月日を満たして今日に至ったのである。

 この雑誌の読者である方々くらいの年頃の少女の生活は、先頃まではあどけない少女時代の生活という風に表現されていたと思います。そしてそれは、そう言われるにふさわしい、気苦労のない、日常生活の進行は大人にまかして、自分達は愉快に学校に通い、友達と遊び、すくすくと生成して行ってよいという生活だったと思います。けれども戦争が始まり、特に大東亜戦争が始まってから少女達の生活も大変な変化をしました。
 家族の中から沢山の人が兵隊にとられて生活の事情が今までよりも困難になった為に、家庭生活の重みが少女達の肩にも幾分かずつ掛りはじめたということもあります。また学校の教育方針が急に変って、今までは自分の好きな髪に結って居ってもよかったのが、勇ましい髪形をしなければならなくなったり、千人針に動員されたことから次第に、動員の程度がひどくなって、終りには学校工場に働いたり、また実際に工場に行って暮したり、耕作したり、学課は殆ど出来ない状態でこの二年ほどが過ぎたと思います。
 少女時代の二年という時間は、大人の考えることも出来ないほど内容をもった二年ではないでしょうか。十四の娘さんが十五になり、十六になるということ、それはただ十四のものが二つ殖えて十六になったのではなくて、そこには十四であった少女の知らなかったどっさりの事、心もちが加って来ていて、自分らはもう十六であるという喜びと誇りと人世への待ちもうけとをもつようになっています。人生がほのぼのと見え始めて来た時代です。そのときに人間として高まって行くような勉強も、楽しみもない。工場で働いても其はあまり愉快に働いたとも云えない。過労をする。空腹になる。しかもあなた方はどうぞ立派な少女となって下さいといういたわりが、世間の空気から感じられるというのでもなく生活して来たということは、今日の少女たちの総ての人が分け合っている経験だと思われます。

 此頃、自然美の讚美され出して来た事は、自然美崇拝の私にとってまことに嬉しく感じる事である。
 どうして今まで、ああして、そうもかまわれずに片隅になげた様にされて居たものかしらんと思う。
 静かに太陽の健な呼吸を聞き、月の深遠な光明に身をひたして居ると口にまでつくせぬ、複雑な美に打たれるのである。
 日々を、心ならずもいやな事、心を悩ます事の多い中で暮して居るのであるから、どこの廃市にも、満ち満ちて居る自然美になつかしむ心さえあれば、何もことさらの金と時間を費さずとも、霊の洗われ、清められる慰めを得るのであるのに……。
 私は殊に、芸術家の如何なる階層の人もこの自然美の観賞と云う事に敏い眼を持って居て欲しいと思う。
 私共がすでに自然の産物である以上、その親をしたうに何の批評が入用ろう、
 何の思考が入ろう。
 或人は室中に何も置かない方がまとまると云う、
 又、私の様に、何かしら、心をこめて集めたものとか美くしいものがなければ、その部屋には居られないと云う者もある。
 どちらが好いか悪いかと云う事は別として、どうしてそう云う気分になって来るかと云うと、前者は、美に対する執着なり要求が少ないので、後者になると、絶えず美に対する渇仰が心に湧いて居るのである。
 美を要求すると云う事は、人性の自然だなどと云う学者めいた事をぬきにしても日常生活に必要なものであると思う。
 美を少しも愛さぬと同時に、それについて何の意見も持たない人は、世の中の非常に高尚な一面を、一生見ずに過す事になる。
 私の意見では、自分の部屋はあくまで自分の箇性の表われた美くしさで充分飾られて居なければならない。
 其故に私は、玩具を好み、すこやかな泥人形などに思をよせて居る。